パーソナルコンピュータの名を冠した日本初※のマシンです。
開発部署・発売時期ともにTK−80シリーズ(COMPO−BS)の後継機種にあたります。CPUもCOMPO−BSのμPD8080AFC(μCOM80:i8080A相当)に対して、本機はそのソフトウェア上位互換のμPD780C-1(μCOM82:Z80A相当)を採用しています。しかしこの両機にはソフトウェア・ハードウェア共に互換性がありません。その最たるものが搭載BASICで、COMPO−BSの自社製LEVELII BASIC(4KB)に対して、本機はマイクロソフト社製N−BASIC(24KB)を採用しています。メインRAMも16KBを実装し、更に16KBの増設を可能にしています。
本機の人気は、発売当初から準備された多彩な周辺機器と、カラーを扱える強力なBASICにありました。また完成品で供給されたというのも大きかったようです。キットを作り上げる楽しみから、必要な物を追加してシステムを構築する、という具合いに用途が広がったのです。
元祖80はカラー表示こそできたものの今で言うグラフィック機能は無く、160×100のセミグラフィックがすべてです。これを補うハードウェアとして人気を博したのが、サードパーティ製のPCGとFGUです。
本機内部は、拡張ROM(8KB)と増設RAM(16KB)程度の増設しか考慮されていませんでしたから、これらのハードウェアは、少々強引な方法で増設したものです。それでも、特にPCGは専用のゲームが多数発表されたり、互換ハードウェアの製作記事が雑誌に発表されたりと、普及率は高かったようです。
※:パーソナルコンピュータは郵政省の造語との説がある。これが事実ならば、日本初 = 世界初という事になる。